用語説明

用語のご説明

ワクチンとは

私たちは、毎日、目には見えない小さな細菌やウイルス、時には寄生虫など色んな微生物と暮らしています。その中には、ヒトに害にならない微生物や病気を引き起こす微生物など色んな種類があります。体内に入って病気を引き起こす微生物のことをサイエンスでは病原体(Pathogen)といいます。ヒトの体は、病原体を異物として認識し、あらゆる手段を取ってその異物から体を守ります。このように私たちの体が病原体を認識して排除する仕組みを、免疫と言い、その排除の主役の細胞を免疫細胞といいます。ただし、病原体が一回目に体内に入ってきた場合、時には免疫細胞が十分に準備できず、私たちは病気にかかってしまいます。けれども、これらの過程を予防するために、人々は医学の革命を起こし、ワクチンを生んだのです。
ワクチンの真の意図は、体内の免疫を作り鍛え上げて、本来の免疫力を得て感染症から自分の身を守ることです。
ワクチンを接種することで、わたしたちのからだは病原体に対する免疫を作り出します。ただし、通常の感染(自然感染)のように実際にその病気を発症させるわけではなく、病原体の毒性を弱めたり、無毒化にしたりして、コントロールされた安全な状態で免疫を作るのです。ワクチンはいわば自然感染の模擬試験のようなものです。このようにして、いざ病原体が入ってきたとしてもあらかじめ備わった免疫で退治できるようになります。
今現在では、コロナウイルス、インフルエンザ、エボラ、エイズなどの感染症に対するワクチンの研究が日本と世界で進んでいます。これらは、もちろん科学者たちが私たちの幸せの日々を作っていくために頑張っています。また、近い未来では、癌や神経症など感染症以外の病気に対するワクチンが開発されるでしょう。ワクチン研究はごく広い範囲の研究ではありますが、日本だけでなく世界では、ワクチンは医学の中では奇跡の象徴と呼ばれています。

ワクチンの役割

ワクチンは自分が病気にかからないようにする、もしくはかかっても症状が軽くすむために接種します。しかし、ワクチンの役割は自分が感染症にかからないようになるためだけではありません。ワクチンは、ワクチン接種を受けた自分とまた周囲の人々が免疫を持つことで感染症が広がるのを防ぎ、ワクチンを受けることが出来ない身近な人々を助けることができるのです。こうすることで、ワクチンは人々を感染症から守っています。このことを集団免疫といいます。日本では、生まれてから皆ワクチン接種をしています。これは、自分の身近な人々に病気を移すことを防ぐという役割を果たしているからです。こうした事で、家族だけでなく、地域、国、世界と広がっていき、世界中の人々を感染症から守ることができるのです。国が定期接種を呼びかけるのは国の財産でもある人々を健康的かつ笑顔で過ごせるようにと思いがあるからです。その愛情がある社会を築いていくにも、残念ながら、予防接種を受けたくても受けられない人々がいますが、こうした人々たちを守るためにもワクチンを接種しましょう。自分たちの未来は、自分たちの手で築いていきましょう。ワクチン接種は、その第一歩です。
(one for all, all for one )

ワクチンの歴史

1798年、イギリスの開業医エドワード・ジェンナーは牛痘(牛がかかる天然痘)を用いた天然痘予防の論文を報告しました。これが、科学的に記録されている人類史上、初めてのワクチンです。その後、おおよそ100年がたった1880年代にフランスのパスツール、ドイツのコッホによって微生物に対するワクチンの基礎が作り上げられました。
特に、パスツールは“強い病気を起こすものから弱い病気を起こすものを人工的に作り出してそれをワクチンにする”という考えを打ち出し、現在でも広く普及しているワクチンの原理を構築しました。1900年代には新しいウイルスや細菌が見つかるとともに、鳥の卵を使ってワクチンの原料となるウイルスを増やす製造法や人工的に細胞を培養する方法、組み換えDNA技術などを使って、ワクチンを作り出す技術も進歩していき、次々と新しいワクチンが開発されました。
さらに、古典的な種痘から生ワクチン、そして生ワクチンから不活化ワクチンへと変わり、安全性についても向上しました。1980年にはついに長年人類を苦しめていた天然痘において、WHOで撲滅宣言が言い渡され、これがワクチンによる疾病制圧の最初の例となりました。また、ポリオ(急性灰白髄炎)も根絶まであと一歩というところまできております。現在は、新型コロナウイルスに対して新たな技術で作り出されたmRNAワクチンやペプチドワクチン、不活化ワクチンなどがワクチンとして使われています。新型コロナウイルスのワクチンは、昔のワクチンとやや異なり、安全性や有効性未だ問わり続いています。ですが、かつてたくさんの犠牲者を出したさまざまな感染症に対して、今は色んなワクチンを接種することができるようになり、人々はワクチンで感染症への対抗を持ち、感染症にかかる確率が低くなっていくのが当たり前の社会になりつつあります。しかしながら、日本は未だにワクチン不信を抱えています。ワクチンは、人々に害をもたらす目的で作られたものではなく、人々を助けるために作られています。
また、ワクチンの開発には「日本の細菌学の父」北里柴三郎をはじめ、多くの日本人が深く関わっています。日本のワクチンの考えは、江戸幕府の鎖国時代後半から始まっており、毎年天然痘で死んでいく人々の残酷な背景を見た、日本の医師たちが必死に考えて、後に蘭学者の知識を得て天然痘の予防に施行した事実が「雪の花」に書かれています。雪の花から未来が見える、日本ワクチン学会学術集会会長の一言であり、それを信じ私たちは、新たな技術を身に着けて、新たなワクチンの開発を行っています。

ワクチンで防げる病気

ワクチンで防げる病気のことを“VPD”といいます。
Vaccine(ワクチン)
Preventable(防げる)
Diseases(病気)

乳幼児期は病気に対する抵抗力が十分に発達していないため、さまざまな感染症にかかりやすくなります。実際にこうしたものに感染して乳幼児は免疫をつけていきます。しかし、はしかやポリオのように非常に重い症状や後遺症を引き起こすものもあります。ですから、感染症になって手遅れになる前に、かからないよう予防する必要があり、予防接種は感染症から子どもたちの健康と命を守る方法として、最も安全でかつ確実な手段であるといわれています。健康だとなかなか実感するのは難しいワクチンの効果ですが、実は恐ろしい病気から私たちの健康を守っているのです。

しかし、日本では他の先進国に比べて多くの子どもたちがVPDにかかって、健康被害をうけたり命を落としたりしています。この原因には、ワクチン接種率が低いことが挙げられます。社会的な問題として予防接種の必要性と安全性がきちんと伝わっておらず、効果や安全性などのワクチンに対する誤解が多いこと、政治的な問題として他の国では接種できても日本では使用できないものや、ワクチンによっては接種にお金がかかるといった問題も関係しているのです。
しかし、日本におけるワクチン接種の風向きは少しずつ変わりつつあります。例えば子宮頸がんの原因ウイルスであるHPVを防ぐワクチンは副反応の懸念から勧奨されていませんでした。しかし現在ではHPVワクチンの勧奨が再開され、より効果の高い9価のワクチンが2021年3月に発売され、子宮頸がん撲滅のために日本も少しずつ動き出しています。

ワクチンの種類

①生ワクチン
生きたウイルスや細菌の病原性(毒性)を、症状がでないように限りなく弱くした製剤(病原体をそのまま使用する)。弱毒化された病原体が体内で増殖するため、ワクチン接種後しばらくして発熱や発疹などの症状がでる場合があります。自然感染に近い状態で免疫がつけられるので、ワクチンの効果がえられやすいです。

②不活化ワクチン
培養して増やしたウイルスや細菌の病原体を加熱処理、フェノール添加、ホルマリン処理、紫外線照射の過程を経て、その病原性をなくした製剤。ワクチンによっては、さらにその中から有効成分だけ取り出したものもあります。不活化ワクチンは生ワクチンのように接種後体内で増殖することがなく安全性は高いですが、生ワクチンと比較してワクチンの効果が低いため、複数回の接種やアジュバントと呼ばれる添加剤を入れる必要があります。

③トキソイド
病原体(細菌)ではなくそこから出る細菌毒素だけを取り出しホルマリン処理を行って無毒化した製剤。免疫を作る能力を維持する一方で有毒な毒素はありません。不活化ワクチンと同様に複数回の接種が必要となります。

2019年12月中国武漢市で発見された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされた世界的なパンデミックがきっかけに、上記のワクチンとは異なる種類のワクチンが私たちの身近なものになりました。2021年度現在、遺伝情報(DNA、RNA)を用いた迅速なワクチン開発が世界中で行われています。今までのワクチンとは異なりウイルスや細菌そのものを用いるのではなく遺伝情報を用いることで、迅速なワクチン開発が可能となりました。今回のようなパンデミックが再び起こるのを防ぐために、遺伝情報を用いたワクチン開発はこれからも盛んに進められるでしょう。

④mRNAワクチン
mRNA (メッセンジャーRNA)とは、私たちの細胞内でタンパク質を作るための設計図 の働きをしています。mRNAワクチンとは、ウイルスや細菌が持つタンパク質を作り出すmRNAを用いた製剤です。mRNAワクチンにより作り出されるタンパク質を標的とすることで、ウイルスなどに対する免疫応答を誘導します。mRNAは体内で分解されやすいので、分解されにくくするためにmRNAに様々な修飾を施したものを脂質ナノ粒子に封入して安定化した状態で体内に投与されます。また、mRNA自身や脂質ナノ粒子がアジュバントとして働くので、mRNAワクチンのみで強い免疫応答が期待されています。
新型コロナウイルスのmRNAワクチンでは新型コロナウイルスが持つスパイクタンパク質を作り出すmRNAを製剤としています。スパイクタンパク質とは、新型コロナウイルスが我々の細胞に結合し、侵入するには欠かせないタンパクとなっています。このスパイクタンパク質を我々の体内で作り出し、新型コロナウイルスに対する免疫を作り出します。

⑤DNAワクチン
プラスミドと呼ばれる環状のDNAにウイルスや細菌が持つタンパク質を作るのに必要とされるDNAを挿入したものを用いた製剤です。DNAからmRNA、タンパク質と段階的に合成されるのでmRNAワクチンよりタンパク質を合成するのにステップが必要ですが、DNAはRNAと比較して体内で分解されにくく非常に安定です。DNAから合成されるタンパク質で免疫を獲得するのみでなく、プラスミドがアジュバントとして自然免疫を活性化することでより強い免疫を得ることが期待されています。

⑥ウイルスベクターワクチン
人に対して無害なウイルスベクター(運び屋)にウイルスや細菌がもつタンパクを作るために必要とされるDNAを挿入した組み換えウイルス製剤です。ウイルスベクターが我々の細胞に侵入することで、ウイルス感染を模倣した免疫応答を誘導することが可能となり、強力な免疫応答を誘導することを可能としています。

ワクチンの投与経路

日本では主に皮下接種で実施されています。
他にも経口接種、筋肉内注射、BCGの管針法などがあります。

①皮下投与
日本では、ほとんどのワクチンは皮下注射による接種です。
投与部位は、上腕の三角筋外側部または後側下1/3の部分に接種します。乳幼児では大腿部の前外側部に接種することも可能です。

②筋肉内投与
現在、日本ではヒトパピローマウイルス(HPV)、髄膜炎菌、13価結合型肺炎球菌ワクチンの3種だけを筋肉内接種として認めています。また、他にも皮下接種とはなっていますが、アジュバントを含む不活化ワクチンは局所反応が強くでるためなるべく皮下深く(筋肉注射に近いように)接種する医師もいます。現在、接種が行われているファイザー社とモデルナ社製の新型コロナワクチンも筋肉内投与で接種されています(2021年5月現在)。

③経皮投与、経鼻、経口投与
BCGは、管針法(スタンプ法、ハンコ注射)といわれる、上腕の2か所にスタンプを押し付ける方法を採用しています。この方法は日本以外に韓国やフランスなど一部の国で実施されていますが、世界では皮内接種が一般的です。
また、ロタウイルスワクチンは経口投与となります。経鼻噴霧投与は日本ではまだ承認されていませんが、欧米のインフルエンザ生ワクチンで使用されています。

予防接種

日本で接種できるワクチンには、法律で定められた定期接種と、それ以外の任意接種の二つに分かれています。どちらも基本的にその効果と安全性が認められています。

①定期接種
国や自治体が接種を強くすすめているワクチンです。
法律に基づいて定められた年齢で、定められた期間に接種すれば無料で行えます。
また、定期接種は二つに分類されていて、乳幼児の接種(努力義務)と高齢者を対象としたインフルエンザの接種(努力義務でない)があります。

②任意接種
接種するかどうかは接種する側の判断(乳幼児なら保護者)に任されていますが、決して受けなくていいというものではありません。例えば、任意接種に分類されているおたふくかぜは他の先進国では定期接種の適用になっており、また感染した場合には1000人に1人の割合で難聴になる恐ろしい病気です。
任意接種は有料で、病気に対する治療でないため健康保険が適用されず原則自己負担です。しかし、地域自治体によっては公費で補助しているところもあります。受けるときは自治体や医師に相談しましょう。

海外と日本のワクチン事情

日本はワクチン後発国と呼ばれ、海外の国で10年以上前に承認・使用されてきたワクチンが、長く未承認のまま放置されてきた背景があります。これは、日本のワクチン行政に関わる関係者が接種後のまれに起こる重い健康被害を恐れ、制度や審査システムの改善を後回しにしていたからだとされています。近年、予防接種についての法律改正で海外に対する日本のワクチン認可の遅れ(“ワクチン・ラグ”)は少しずつ改善してきているものの、まだ多くの点で問題があります。また、現在猛威をふるっている新型コロナウイルスワクチンについてもワクチンの開発や承認、接種までの時間など海外(特に欧米)と日本での対応の差が浮き彫りになる形となりました。下記では主なワクチン・ラグを紹介しますが、ワクチンの開発や承認についても多くの課題が残っているのが現状です。

接種の数(定期・任意接種)
他の国では接種できても、日本では無料で接種できないワクチンが多くあります。
昔からWHOではHibワクチンや小児用肺炎球菌ワクチン、B型肝炎ワクチンは貧しい国でも無料で接種できる定期接種を奨励しています。そのようなワクチンでさえ、日本では最近になってやっとHibワクチンが2013年(任意は2008年)、小児用肺炎球菌ワクチンが2013年(任意は2010年)、B型肝炎ワクチンが2016年(任意は1985年)から定期接種にかわりました。それでも、先進国では無料化することが望ましいと勧告しているおたふくかぜワクチンやロタウイルスワクチンに関しては、まだ定期化はされておりません。ちなみに、米国ではインフルエンザワクチンは定期接種となっております。

同時・混合接種
ワクチンの種類が増えると、接種する回数も多くなり乳幼児やその保護者への負担が増してしまいます。また、乳幼児はできるだけ早い時期に接種して免疫をつけ、多くの感染症に備える必要もあるのです。そのためには、同時接種の必要性がでてきます。日本では、同時接種は“医師の判断で可能”と黙認しておりますが、国が同時接種の明確な方向性を示しているわけではありません。そのため、病院によっては同時接種を認めていないところもあります。
一方で米国では米国疾病予防管理センター(CDC)の取り決めで、生後2か月の未熟児でも同じ日に6種類のワクチンを接種するのが慣例となっております。また、混合接種に関しても、日本では2012年に4種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ)が接種できるようになりましたが、欧米では4種混合にHibを加えた5種混合(米国)や、さらにB型肝炎を加えた6種混合(ドイツやフランス)を採用している国があります。

接種部位
日本では過去にワクチンの筋肉内注射で太ももの前にあるひざを伸ばす作用を持っている筋肉がおかしくなり、ひざが曲がらないといといった症状(筋拘縮症)が疑われたため(現在では解熱薬や抗菌薬の使用が原因でワクチンとの関連は否定されております)、現在の法律では原則として皮下接種が奨励されております*。
しかし、海外では大腿部に筋肉内注射するのが一般的です。また不活化ワクチンはアジュバントを含んでいるものも多く、局所反応を軽くするために筋肉内注射が望まれています。さらに、同時接種を促進するためにも、接種部位の広い筋肉内注射は必要であるといわれています。日本でも、2011年に小児科学会が大腿部への接種を積極的にすすめる声明を出しており、行政による制度の見直しが望まれるところです。
他にも、日本では接種の規定や間隔、安全性への考え方に関して厳しく、他の国と比べてワクチンの接種率が低くなってしまっている現状があります。

*筋肉内注射に限定されているのは、ヒトパピローマウイルス、髄膜炎菌、高齢者の肺炎球菌ワクチンの3種類だけです。

ワクチンの安全性

ワクチン接種後に、免疫をつけるという本来の目的とは異なる好ましくない症状を“副反応”といいます。副反応の多くは接種部位の痛みや赤い腫れ、微熱であり、症状は1~3日程度でおさまりますが、まれに重篤な副反応が起こることもあります。
有害事象:接種後におこるすべての症状・事象で、ワクチンとの因果関係を問わない。
副反応:有害事象の中でワクチンとの因果関係が否定できないもの

生ワクチン、不活化ワクチンに関わらず、副反応には発症メカニズムに応じて一定のパターンがあります。例えば、ワクチンに含まれる成分による極めて短い時間のうちに現れるアレルギー症状(アナフィラキシー)は接種後30~60分後に皮膚や呼吸器症状が現れ、つぎに循環器症状がでます。この症状は手遅れになる前に適切な処置が必要です。同様にワクチン成分によるアレルギーとして全身の皮膚症状が接種後24時間前後に認められます。他にも、 早期の免疫反応(自然免疫反応)は接種後1日以内に認められ、局所の発赤や腫れ・全身症状として発熱が現れます。また、生ワクチンはワクチンに含まれる病原体の増殖により各ワクチンによって症状の時期が異なりますが自然感染と同様の症状がでます。

日本では昔、ワ クチンに含まれていたゼラチンに対するアレルギーが話題になりました。ワクチンにゼラチンが含まれるの?という声もあると思います。そこでワクチンの成分について振り返りたいと思います。ワクチンを構成する主な成分は、免疫を得る主成分(ウイルスや細菌、mRNAやDNA等、詳しくはワクチンの種類を参照してください)やワクチンの効果を高めるためにアジュバントが含まれるだけでなく、生体内の条件に近づけるため塩化ナトリウムや塩化カリウムや、抗原の成分をワクチン製剤中で安定化させるために安定剤が含まれ、かつては安定剤としてゼラチンが用いられていました。しかし、アレルギー発症の恐れがあることから、2020年度現在、感染症予防ワクチンでゼラチンが含まれるものは狂犬病と黄熱に対するワクチンのみとなっています。それでもまだワクチンを接種する際にアレルギー等に少しでも不安がある方はかかりつけ医に聞いてみるのが良いでしょう。

日本では、万が一のワクチン健康被害に対して救済する制度があります。
定期接種の場合は、予防接種法に基づいて医療費が支払われる予防接種健康被害救済制度というものがあります。これは、予防接種によっておこったものでないと否定されない限り、補償を受けることができます。一方、任意接種は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が実施する医薬品副作用被害救済制度が適用されます。

ワクチンは病原体を弱毒化あるいは不活化して製剤にして我々の体内で免疫反応を活性化するので、副反応が起こる可能性をゼロにすることはできません。だからといって接種しないのではなく、ワクチンを接種することによって生じるリスク(副反応)と得られるベネフィット(助かる効果)を両方理解する必要があります。リスクベネフィットは各個人の価値観によって異なるので、医療従事者はワクチン接種について正しい説明をおこなう必要があります。一方で、研究者はできる限りその頻度や程度を低くして安全な予防接種ができるよう開発していかなければなりません。行政に関わる関係者はまれながら一定の頻度で起こる副反応に対して十分な補償をする制度を構築していかなければならないのです。

定期接種の救済については、厚生労働省HPをご覧ください
厚生労働省HP(予防接種健康救済制度)はこちら
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou20/kenkouhigai_kyusai/

任意接種の救済については、医薬品医療機器総合機構(PMDA)HPをご覧ください。
PMDA HP(医薬品副作用被害救済制度)はこちら
http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai_camp/index.html

未来のワクチン

現在使用されているワクチンは、皮下や筋肉内投与の注射による接種が主流です。

しかし、注射を用いたワクチンには、痛みを伴ったり医療従事者のみしかワクチン投与を行えないなどの問題点があります。痛みを伴うことは、子どもにとっては大きな問題ですし、大流行などの緊急を要する場合にはワクチン投与を医療従事者に限る現行のやり方では即時に広範囲でワクチン接種を行うことが難しくなります。そのため、痛みを伴わずかつ簡便に投与できるワクチン開発が望まれています。

例えば、まだ研究段階ですが経鼻、経口、経皮投与ワクチンがあります。経鼻や経口投与ワクチンはすでに使用されているものもありますが、現在より安全で効果的なワクチンができるように研究が進められています。これらのワクチンができれば、自分たちでワクチンを接種することができるようになるのかもしれません。

また、ワクチンはウイルスや細菌による感染症以外の病気にも使えるように応用が進んでおります。例えばがんやアルツハイマー、糖尿病や高血圧などの生活習慣病に対するワクチン、花粉や食物などのアレルギーに対するワクチンです。つまり、これまで感染症の予防として用いられてきたワクチンですが、今後はがんワクチンや生活習慣病ワクチンのように治療用のワクチンとしても用いられるのです。さらに何度も薬を飲んだり投与しなくてはいけない病気でもワクチンによってその回数を減らすことができるなど生活の質の向上としても期待されています。

ワクチン開発

アジュバントとは

アジュバント(Adjuvant)とは、ラテン語の「助ける」という意味をもつ ‘adjuvare’ という言葉を語源に持ち、ワクチンと一緒に投与して、その効果(免疫原性)を高めるために使用される物質のことです。
あくまでもワクチンの効き目を高めるためのものなので、アジュバントだけを投与してもワクチン効果は得られません。
抗原の一部の成分を精製して接種するワクチンは一般的に効き目が弱いのでアジュバントの添加が必要です。
アジュバントの添加により抗原を提示する免疫細胞が活性化します。ワクチンと同時投与することで自然免疫、獲得免疫が活性化し、病原体に対する特異的な抗体ができ、感染を予防することが可能となります。

アジュバントの歴史

アジュバントに関する報告は、19 世紀末にまで遡ります。20世紀初め、天然痘や狂犬病、コレラなどのワクチンはそれだけで十分効果のある弱毒生ワクチンや細菌の死骸を用いたワクチンでしたが研究中であった不活化ワクチンに近いトキソイドはワクチン効果が低いという課題がありました。1920 年代に Ramon やGlennyらが 水酸化アルミニウム(通称アラム)を用いてジフテリアや破傷風のトキソイドの免疫原性を改善したことによって、アジュバントの重要性が認識されるようになりました。それ以後、アジュバントの開発が続きました。

一方で、なぜアジュバントが効くのかといったことは不明のまま経験的なワクチン開発が続き、新しいアジュバントが認可されることはしばらくありませんでした。しかし、1990年代に入り、免疫学や微生物学の研究、特に 2011 年ノーベル医学生理学賞が授与された自然免疫、樹状細胞の研究が起爆剤となり、アジュバントに関する研究の功績が認められ、研究が大きく進歩していきました。そのため以前は経験的に行われていたアジュバントの開発が、分子から生体のレベルにいたるまで科学的なアプローチが可能となり、今では世界中で多種多様なアジュバントが開発されています。

アジュバントの役割

アジュバントには、ワクチンの効き目を高める働きがあります。
生ワクチンやそれに準ずるワクチンが主として用いられていた時代にはワクチン自体が十分な効果が得られていたので、原則的にアジュバントは必要とされませんでした。しかしトキソイドワクチンや、1980年代から登場した病原体そのものでなく、その一部の成分を抗原としたサブユニットワクチンにおいては、ワクチン単独では効果が十分ではないため、アジュバントの添加が必要となります。ワクチンの安全性が追求される現代において、ワクチン開発は安全なサブユニットワクチンへと移行しており、必然的にアジュバントの重要性も高まっています。

アジュバントは効き目を高める以外にもいくつかのメリットがあります。例えば、ワクチンに含まれる抗原の量やワクチン接種の回数を減らせたり、免疫力の弱い新生児や高齢者への効果を改善したりすることが期待できます。必要な抗原量を少なくすることが出来るため、新型インフルエンザなど世界的な流行が起きて一度に大量のワクチンが必要となったとき、作製できるワクチン数を増やすことが出来ます。さらにアジュバントが安価であれば、抗原量が減るのでワクチンの価格を下げる効果も期待できるのです。

また、昨今のワクチン開発は感染症という対象疾患の枠を超え、がんやアルツハイマー、糖尿病や高血圧の生活習慣病、花粉や食物のアレルギー、自己免疫疾患などの “非感染症”疾患にまで広がりを見せております。しかし、こうした“非感染症”疾患のワクチンのターゲットは免疫反応が誘導できず治療効果が低いのです。そのような場合でも強い免疫反応をおこすことができるアジュバントは、今後のワクチン・免疫療法における“鍵”になると期待されています。

アジュバントの添加は主にサブユニットワクチンに必要ですが、現在世界的なパンデミックとなっている新型コロナウイルスに対するワクチンとして、使用もしくは開発されているmRNAワクチンやDNAワクチンでは、アジュバントの添加は必須でないものの(開発中の一部DNAワクチンではアジュバントを含むものもある)ウイルスの配列をコードしたmRNAやDNA自体が異物として認識され、免疫を活性化するアジュバントとして働くことが報告されています。

現在ワクチンに使用されているアジュバント

アジュバントとして最もよく知られているものはアルミニウム塩です。1932年にジフテリアワクチンに用いられてから、これまでに百日咳、破傷風、ヒトパピローマウイルス(HPV)、肺炎球菌(PCV13)、B型肝炎など多くのワクチンに使用されております。製造方法が確立しており安価で保存性にも優れていることから、現在でも世界中で最も普及しているアジュバントであります。日本では、最近まで承認されている唯一のタイプのアジュバントでした。そして、1997年に欧州でスクワレン(肝油に含まれる成分)を含んだエマルジョンタイプのアジュバントMF59がインフルエンザワクチンのアジュバントとして用いられるようになりました。

日本でも2009年に多くの人に甚大な影響を及ぼす可能性のあるパンデミックインフルエンザに対するワクチンとして緊急輸入され、特例承認されました。そのほかにも、現在海外ではアルミニウム塩アジュバントの改良型であるAS04、スクアレンアジュバントの改良型であるAS03がそれぞれHPV、インフルエンザワクチンで使用されています。日本でも2013年に承認された2価のHPVワクチンにAS04が含まれており、AS03はMF59と同様にパンデミックインフルエンザに対するワクチンとして特例承認された経緯があります。
また現在はCpG-ODNがアジュバントとしての使用が検討されており、すでに米国FDAにおいてCpG-ODNを用いたB型肝炎に対するワクチンが承認されています。CpG-ODNは細菌やウイルスが持つDNAの一部でヒトとは違い、化学修飾されていないので異物と判断され、自然免疫が活性化します。

新しいアジュバント

免疫学の進歩により現在では科学的根拠に基づいた開発デザインができるようになり、多くの新規アジュバントが報告されています。特に免疫システムを始動させる細胞の異物を認識する部位をターゲットにした新規アジュバントは第二世代のアジュバントと言われ、臨床試験に多く挙がっています。例えば、病原体のセンサーの一つである「Toll様受容体=TLR(Toll-like receptor)」に結合する病原体成分のリポタンパク質やリポ多糖、鞭毛、核酸です。現在、核酸成分のアジュバントが含まれているHBVワクチンはHEPLISAV-Bとして米国FDAに承認されており、同じく核酸成分のアジュバントを含む新型コロナウイルスワクチンをClover Biopharmaceuticalsが開発し、PhaseⅡ/Ⅲの臨床試験を行っています(2021年5月現在)。そのほか、たくさんの成分が様々な疾患をターゲットに臨床試験が行われております。

さらに、最近では上記のアジュバントを目的の場所・細胞に認識できるようドラックデリバリーシステム(DDS)技術を取り入れたアジュバント物質の開発も盛んです。細胞に似たリン脂質成分からなる微小カプセル(リポソーム)やナノ粒子などの表面上や粒子内にアジュバントを付与することで、より効率的かつ安全に免疫反応を起こすことが可能となり、次世代アジュバントとして期待されています。